地域での発達障害支援システム

山梨大学大学院医学工学総合研究部 教授
相原正男(あいはらまさお)

社会脳を育む
(公益財団法人 日本てんかん協会 月刊「波」3学号に掲載)



【社会脳が注目されてきた理由】

注意欠陥多動性障害(attention-deficit hyperactivity disorder: ADHD)や自閉性障害(autistic spectrum disorder: ASD)などの発達障害が医療、教育、福祉現場で急速に増加していることが報告されています。発達障害の原因は多くの要因が想定されておりますが、その要因の一つにてんかんがあげられます。発達障害の半数に脳波異常を認め、その30-40 %がてんかん発作をおこすと言われております。発達障害が社会的に注目を集めてきた背景は、発達障害児者は正常な知能でありながら内面的な能力障害(目の前にある人(物)対する感情や行動を抑制できないために、見えないものをイメージすることがにがてであり、そのため将来に対する自己像や他者の心を想像することが困難となる)のため、周囲の人達にその障害が気づかれないことにより社会的不利益をたびたび被ることからです。近年、脳科学の知見により発達障害は前頭葉の機能障害であることが明らかになり、前頭葉機能が社会に適応していくうえで最も重要な役割を果たしていることがわかってきました。社会に適応するための前頭葉機能の発達は、まず自己抑制が出現し、次にワーキングメモリ、実行機能が順次認められてきます。実行機能とは、将来の目的に向けて判断、計画、行動するためのオペレーティング機能のことで、この能力により自己実現に向かえることができます。以下に社会脳の発達過程を具体的に解説していきます。


【前頭葉機能(社会脳)の発達 -定型発達と発達障害の比較-】(表1)

生後数か月から人は反応を遅らせる能力(遅延反応)が認められるようになります。これは、瞬時の怒りや恐れといった情動(emotion)を抑制することです。もし、反応を抑制できなければ、情動に応じて短期的な報酬を求め、嫌なことから逃げ、間違った行動を繰り返してしまいます。ADHDの基本症状は、自己抑制機能の発達障害と考えられます。

人は、このように外から入ってくる刺激に対して反応を遅らせることで、進化心理学的立場から長谷川が例えた「認知的贅沢」の恩恵を受けることが可能になります。我々は行動を起こす際、その行動が将来にどのような利益(報酬)をもたらすか、あるいは不利益(罰)を受けるか予想して行動を随時調節しています。このような行動には、他者の行動や自分の過去の経験から学習し、将来の自分をイメージする非言語性作業記憶が必要とされます。作業記憶(ワーキングメモリ)とは、必要な情報を適切に選び(セット)、一時的に保持しつつ(短期記憶)、不必要になったら消去する(リセット)といった脳内の情報処理をさしますが、この能力から時間知覚が発達し自己認識の形成からソーシャルスキルといったものが備わってまいります。発達障害児は、この将来のイメージを使えないため、未来に向かって意図した行動がとれず、現在の情動に依存した行動となってしまいます。

5~6歳頃より言語の内在化すなわち内言語(言語的思考)によって、言語を用いて思考し、行動を制御できる能力すなわち言語性作業記憶が発達してきます。その結果、自分自身に対し言語で指示できることで、セルフコントロールが可能となり、自由意思が形成されます。また、情動も内在化するため、行動に直接結びつく怒り、恐れといった基本感情は複合化され、二次的な混合感情が意識されるようになります。このように情動が内在化された状況が、将来への動機(motivation)づけられた状態となっていくわけです。発達障害児は、これらの言語・情動の内在化が未熟なため、報酬がなくても自分自身を動機づけて継続的に作業することが困難になります。最後の実行機能は、混沌とした外の状況(事実)を、自分の頭の中で分解、分析して再構築することで、将来の自己(真実)に向かって筋道を立てる能力です。このように、人の心の発達を行動抑制と実行機能という視点からとらえると子どもの認知と行動発達の関係や発達障害や一部のてんかん児者を理解しやすく、さらに前頭葉機能を医学、心理学、教育学、福祉の立場から学際的に捉えることが可能になると考えられます。


【欲求(モチベーション)と脳の関係】

前頭葉機能の発達により自己実現に向えると前述しましたが、マズローは基本的な欲求から上層の自己実現までを分類し、欲求階層説を提唱しています。医学、心理学的見地から見ますと、欲求と脳の構造とは互いに深く関わっていることがわかります(図1)。基本的な欲求は、「水が飲みたい」「眠たい」などの生理的欲求で、脳の奥から信号が出ることにより快不快の感情が出現します。重症心身障害児では、この欲求を十分に訴えられないため養育者が日々注意していなければなりません。次の欲求は安全の欲求ですが、現在の日本では虐待児がこれにあたり、地域住民の見守りが必要です。所属の欲求は、「自分はここ(家庭、クラス、職場)に居てもいいのだ」と思うことですが、この欲求を満たさなければならないのが発達障害や一部のてんかん児者と考えられます。そのためには、他者との関係から認められてくる混合情動(たとえば、「恨めしい」から「うらやましい」)の発達が必要です。さらに、周りの人に承認されたい欲求(自尊心)が満たされて、初めて他者の評価に影響されない自律的な(内的な)、目的志向的な自己実現の欲求に至ります。これらの欲求は、脳の中で階層構造となって発達するもので、ひとつの欲求を飛び越えていくことはできません。それは、運動発達において首がすわり、お座りし、歩く順序とまったく変わらない脳の階層構造から成り立っているからです。自分のお子さん、生徒、患者さん、あるいはご本人は今どの欲求段階にいるのか見極めて指導、教育、自覚していくことが将来の自己実現につながる近道です。

図1 欲求・動機と脳構造との関係

表1 認知行動、神経心理学的発達と前頭葉機能の発達 (相原正男,小児科,2006)

 

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